細波水波

さやさや揺れる風の中 さわさわ揺れる水の音 たゆたいながら月に10冊年100冊

黄金の王 白銀の王

澤村凜。とあるお友達から熱烈なお勧めを受けまして。
確かにそれだけのことがある、しゃんとした、苦くも強い物語でした。
二つの族の二人の王、何がなすべきことなのか、なすべきことがなせるのか、たじろぎつつもそれは胸の内に抑えて。名を捨て、謗られ、あまつさえ命をかけて諫められ、それでも「私が正しいと知っている」、それに全てをかけて生きていく。戦いの場面は多くないのに、ないからこそ壮絶な物語。
自分の、自分だけの矜持、正しいかどうかの答えは誰もくれやしないのだけれど。両王、薫衣と櫓(ひづち)は危ういバランスの上で対等で、相手に答えを求めることなど最もできない相談だけど。だけど互いの存在が、どんなに力になっていることか。
そしてこの物語の緊張を、いい方に緩めているのは薫衣の妻たる稲積の慎み深い、深い愛情。薫衣が垣間見せる快活さ。


・・・ところで、後半はちょっと辛口かつネタばれもありそうなので、いったん伏せます〜。
でも好きなんだけどね!
この物語、倫理と論理の外に見せる明快さ、心の内の迷いと矜持。一人で立つ、そこがすごく魅力で、でも玉に瑕もここにある。それはおそらく作中後半では意識されたのだと思うのだけど、作品を変えずにそのままになっている。
彼が、志を周りに語っていれば。もちろんただ語る訳じゃあなくて、水が土手を越えないように、巧みに、かつ着実に。
物語前半はまだ時機じゃない、だけど何時までもそうじゃないよね。
既に十分過ぎるほど困難に向かっている主人公に、高くを求め過ぎだろうか。それでも、孤高だから苦くてかなしい。でも孤高だからこそ惹かれるのだから、その変更は物語を壊す。それでも。
良かっただけに作者に求めてしまうのですが、かなり切実に惜しまれます。その瑕は、息子たる鶲(ひたき)の孤独の理不尽さ、剣を取る迪母と稲積の違い、私が気になった事柄あれこれに通じる原因だと思うので。

しかし、それを差し引いてもすごくいい物語でした。
「してはならないことは」
「私利にとらわれること。小事に目を奪われて大事をおろそかにすること。困難を理由に義務を怠ること」
物語冒頭からこんな問答が交わされる、しかもこの「私利」ときたら師との情愛だったりする、人の真剣さ、美しさにため息が出る。
なすべきことをなせ、背筋が伸ばして生きていかなきゃ。うん、批判したのだからなおさらにね。
薦めてくれた方に感謝します。