細波水波

さやさや揺れる風の中 さわさわ揺れる水の音 たゆたいながら月に10冊年100冊

すばらしき新世界

池澤夏樹。借りてきたのは結構何度目かになりますが、今回は無事に読了。やっぱり異動で帰宅時間が早くなったのは相当大きいなぁ。それはともかく、1999年1年間の読売新聞朝刊連載。いま現在続編を連載しておられるので、その後を少し知っていることは少し寂しいことでした。けれど、もちろんこの本編これ自体の価値が損なわれるわけではありません。
風車を立てる。ネパールの奥地に、灌漑用の発電のための、壊れにくい、メンテナンスの容易な風車を立てる。そのひとつの軸に、信仰という軸が縒り合わさってそして伸びる。
風車を立てることだけでもわくわくするストーリーなんですが、風車が立つのは600ページのこの本の半分をちょっと過ぎたあたり。主人公はエンジニアとしても風車を立てただけで終わらない、これがまたいい。主人公はチベット仏教を信じるわけではない、けれど考える、その距離感が共感を呼ぶ。
主人公はあくまでエンジニアで、それがネパールの奥地に行くその経験に即して考える。ここでは奥地と書いたけれど、作品はそんな言葉でまとめてしまったりしていない。丁寧に丁寧に語られるその行き方。飛行機、馬、徒歩、傾斜、道の様子、ひとの様子、そして寺院の様子、風の様子。そして、妻とメールでやりとりしつつ考える。宗教についても理科教育、科学についても、電気のもたらす何かについても。ばらばらに考えているのではなくて、それらは「彼」というひとりのエンジニアが考えるひとつのこと。
結果、風車を立てるという冒険譚は息子の冒険を巻き込み別の冒険で結ばれます。そして最後の祈り。しっとりかつどきどきわくわくの1冊です。
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ダリウス型の風車、シンプルで軽い曲線。途中で出てきたガラス瓶の底を切る実験、いつかやってみよう。