細波水波

さやさや揺れる風の中 さわさわ揺れる水の音 たゆたいながら月に10冊年100冊

雇用改革の真実

書き過ぎ?ってくらい書いておられる大内先生。オビにあるように”「労働者のため」は私達を幸せにするか”というのがこのところの(新書という形で表現される普通の世の中(学会ではなく)向けの)大内先生の最上位メッセージなのだろう。そしてそれはこれまでの労働法が、「労働者のため」しか語ってこなかったようにみえることの反動(意図的な)なのだと思う。
もちろん、労働法は理念の根っこに「労働者のため」を置き、しかしそこで定めているルールは法令にせよ判例にせよ決して万事が「労働者のため」ではなく、それは大内先生も労働法実務家も十分知っている。解雇は予告さえすれば(民法の一般原則に触れない限りは)可能だし(そして民法の一般原則について労働基準監督署は手を出さ(せ)ない)、民事上の争いとなっても(大内先生が従来批判されているように)裁判所は配置転換から労働者を保護しない。まあ、後者は「裁判所が」なのか、「企業の人事管理が」なのか区別しがたいところだけれど・・・。

で、そんな事を百も承知で、しかし”「労働者のため」は私達を幸せにするか(=しないのではないか)”というスタンスで書かれているこの新書は、書きぶりは平易だけれど、かなりむずかしい。
労働法の保護の必要がないprofessionalになろう、転職できる人材になろうという理念がこの本の(というかここしばらくの大内先生の)根っこにあると思っているのだけれど、この新書に書かれている中身はそれそのものではない(別に私もprofessionalになろうという本を読みたくてこれを買ったわけじゃないし)。書かれている中身はかなりスタンダードな政策論(それは、私が読む限り労働者をprofessionalにしようという政策論とは別物だと思うけど←ここの認識ギャップが読み手側の読みにくさの原因か?)だと思うけど、それを、”「労働者のため」は私達を幸せにするか(=しないのではないか)”というスタンスで理解するのがむずかしい。・・・・・・・・いや、結局オビがわかりにくいだけなのか?つまるところ”何が労働者のためになるのか”についての一見解が書かれているのだし、そう思えばそれはそれで賛成したいところ、反対したいところ、ちゃんとわかる。

ということで、スタンスは置いておいて書いてあることについて考えてみると。
1)解雇しやすくなれば働くチャンスが広がる、2)「限定正社員」が働き方を変える、4)派遣はむしろもっと活用すべき、6)ホワイトカラー・エグゼンプションは悪法ではない、はまあまあわかる。
1)は解雇改革でも書かれていたことなの、私はガイドライン構想・就業規則での情報開示は機能しないと思っている(=反対だ)けど、金銭解決の導入と試用期間についての特例はある程度賛成。ただ、「民法の一般原則」に特例なんてありえないので、試用期間については規制(緩和ルール)の制定はテクニカルに無理かも。限定正社員と同様に、人事管理の在り方が変わる以外に変えようがないのかな。だけどニワトリが先タマゴが先って話になって、それだと企業も困るしなぁ・・・。今の人事管理なら、新卒一括採用に試用期間の大幅な緩和ルールは使うべきではないだろうし。まあ、新卒一括採用をしなければいいんですかね。・・・そんなこと、企業側がそう考えるかどうか。あれ、結局私は(金銭解決は賛成だけど)、試用期間の特例は反対なのか、これ(苦笑)。
2)は企業の人事管理の話だし、4)は派遣労働者の保護に法規制のスタンスを変えるべきという話で原則賛成。
6)は理念はその通り、で賛成なんだけど、物理的労働時間規制をどこまで行うかには大内先生とはギャップがあるかも。理念を徹底すれば、WEが適当な人には物理的労働時間規制が全くいらないってことになり得るんだよね。まさに「本人が休んだ方が有益と考える時に休める権利」が要るだけで。ただそこで、休める権利なんて実効性あるのか、帰れる権利だって実効性ないだろうに・・・というところが大問題で、それを賃金規制でやるべきではないという点で賛成なんだけど時間規制もいらないとなると反対するかな・・・。インセンティブ型っていわれても、労働量は自分で決めるわけじゃない。・・・それってそもそもインセンティブ型じゃない?じゃあインセンティブ型なんて大学教授位じゃないのか。・・・これはもしや、私は大内先生に、たまたま手段(賃金規制を外す人がいるということ)は賛成だけど本質的には反対なのか(再度苦笑)。

3)有期雇用を規制しても正社員は増えない、5)政府が賃上げさせても労働者は豊かにならない、8)定年延長で若者が犠牲になる、は見出しの設定が違うんじゃないかと思ってる。
3)有期雇用規制は、まさに大内先生の思うprofessonalを有利に扱うものじゃないのかな。企業が引き留めたい人は、無期になる。そして企業があえて引き留めようとまで思わない人(そしてこれが圧倒的大多数)は、他の有期雇用労働者に代替される。規制が「正社員」を増やすなんて国は全く考えていないし(まあ、それこそそれを「限定正社員」と呼んでもいいかもしれないけれど、期間を無期にするだけで、いわゆる「正社員」の処遇をしろなんて法律のどこにも出てこない)、2年11か月を4年11か月にすることは考えていたかもしれないなあと思うけど、まあこれは根拠のない思い。5年も越えて契約を反復更新しようとする人に、契約期間を無期にして何か問題でも?というか、そういう人を「期間満了」という理由だけで雇止めできるのか、というか、雇止め制限法理の射程を狭めたかったんじゃないか、というかこれで雇止め制限法理の射程は狭まって然るべきじゃないのかなあ。5年たてば無期になるべき人は無期になるというルールができたんで、それまでに過大な期待は抱いちゃいけない(その期待に合理性がない)ことにならない?5年を超える人は、ちゃんと解雇権濫用法理で判断しましょう、つまり「期間満了」だけじゃ理由にならないですよ、って。もちろん人事管理は違うのだから、正社員と同じ基準で判断するわけじゃなくって。それが5年なのか10年なのか、職種によって違うのか・・・。大学教授、ではなく大学の講師は、そこに20年も30年もとどまることが予定されない職種なんだなぁ。5年6年は想定されるってことか。期間の長いステッピングストーンで、10年やって駄目な人は業界から排出される?語学講師とか30年講師のままでも(5年で無期になっても)いいような気がするけどねぇ。
有期労働者の中だけで、3年で代替されてた人と企業がスルーしてもっと長く働いていた人が、より多く5年で代替されて全体として不安定になる、移動コストが増えるということは問題か・・・。大内先生がこれを問題とお考えかどうかは、わからないなぁ。わたしはこれは仕方がないかと思うけど、まずいかなぁ(そもそも人事管理は3年のままになるかもしれない方が問題か?)。
5)賃上げは最低賃金とベースアップとが一緒に議論されててわかりにくい。最低賃金最低賃金がいいのか生活保護ベーシックインカムがいいのか、って問題があるのはいいとして、ベースアップと生産性向上となんら強制力のない政府要請を一緒に議論するのはかなり違和感・・・。生産性が上がってないと思うなら、ベアをしなければいいだけでは。っていうかベアは生産性で決まってるのか?(ここは自分が要勉強。)まあ、組合に期待すべきで政府が要請してどうする、っていうのは賛成かも。首相の要請って、なんなんだろう。所詮強制力があるものじゃないんだから、口先介入はありかなぁとも思うけど。言われたから上げた、上がるんだからいいじゃんっていうムードが世の中にあることへの苛立ちかなぁ(それはわかる。)。あれ、見出しとの関係では最低賃金の方がメインだったかな?
8)定年延長は、そもそも「定年延長」っていう問題設定がまずいのでは。結局、雇用確保措置はやっぱり有期の継続雇用制度で実施されるのであって、実力主義にするから定年延長にするから若年労働者が採用されない、っていうのは前提が広がらないと思うし、大内先生のスタンスではそれは企業の判断だから仕方がないってことになるのでは?法律がなくたって、実力主義にしたい企業はすればいい。実力主義で若者が犠牲になる、ならそれは大内先生も書いているとおりその通りで、何だか話が混乱している。継続雇用制度で若者が犠牲になるかどうかは、ならないという人もいるしわからない・・・。過渡期にはなるかもなぁとは思うわけで、5年後には再度バランスが取れると思うけど、若者の5年は重要で、というかその対象者にはそれは一生のことで、それはまずいといわれれば確かに。結局ここは、若者が犠牲になるかならないかの議論であって、ならないという前提で導入したんだから議論するならそこなのかと。

で、最後に。7)育児休業の充実は女性にとって朗報か、なんですけど。読む限り、大内先生は曽根綾子さんとは違ってたぶん現行の休業内容には異を唱えていないのだと思うのですが。(見出しはネガティブなようにも見えて、そのあたりのスタンスがまた読みにくさの原因かと・・・)
これはもう、感覚的に読んでて辛い、というのが本音のところで、子供を持たないことを意図的に選択した夫婦がそうお考えになるのはそれはそれでわかりますが、「子供を持たないことを意図的に選択した夫婦」「独身であることを意図的に選択した男女」がどれくらいなのかがまず一つ。さらに嫌なのは「妻が育休を取っているor妻が働いていない男」が同様に考えてるんだろうな・・・と思わされるのが読んでて辛い二つ目で(家族手当よりも不公平感を大きく書くのはそういうことかと)。ましてや、これが最大なのですが「不妊などの理由で子供を持てないカップル」が企業の育児負担に納得できないこともあろうというのは、不妊治療をした身からすれば余計なお世話。絶対不妊カップルのことも考える必要はありますが、不妊を解決しようとしているカップルからすれば、少なくとも私からすれば、もし妊娠したら育児休業が取れるというのは不妊治療の支えの大きなひとつです。
育児休業は、もちろん取得している間は働けないのだから、退職→再就職の手段をとるのは、一つの有力なやり方で、その意味で育児休業をおのずからの権利とすることは当然でないのはその通りです。曽根さんのスタンスはわかりやすい。でも、再就職は簡単ではない。そのコストを夫婦に負わせるか、会社に抱え込みという形で負わせるかという問題設定で、いまはそれを会社に負わせている。それは現に育児休業制度がないときに、諸外国に比べて明らかにM字カーブが明確だ、つまり退職したら現在の育児休業期間以上に再就職しない、という問題が見えていたからで、それに触れずに労働者間の不公平だけ語るのは違うでしょう。大内先生は育児をしながら働き続けるサポートについては肯定的に見えて、それだって不公平は同じかより大きい(からまた読みにくい。)。育児休業は、いかにその企業の機会費用を減らすかということが重要で、本人に対して無給は当然でまさにそこを雇用保険で対応していて、無給期間中の健康保険料負担をなくしたというのもその方向で、その点の充実を何か考えられるか、ということではないでしょうか(産休代替職員の賃金補助やその募集費用の補助とか?)。それが女性の統計的差別も防ぐ。・・・再就職を簡単にする、っていう線も確かにあるけど、そっちでいくなら限定正社員はあっても育児理由の短時間勤務とかはなしでしょう。
1年はともかく3年はやり過ぎだ、というのはよくわかる、企業の機会費用が大きすぎるからですね。

せっかくいいこと(読むべきこと)いろいろ書かれているのに、「偽悪的な」(?)スタンスが邪魔して読みにくい、というのが本音のところ。だけどすんなり賛成して読めるものよりいろいろ考えるからいいのかもしれない、という屈折した感想でした。(こんなに長いの久しぶりに書いたし(^_^;))